みにまるみりん

肩から荷物を降ろすミニマリズム

装飾品を付けないミニマリズム

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 半年ほど前から、ネックレスも指輪もしまいには時計すら着ける事を辞めた。
 誰かが持っている高級な時計や、装飾品を僕は一時期羨ましいと思っていたし、自分のできる範囲では体につけていた。
 それが当たり前だと思っていたし、同時にきらびやかな装飾品を付けられない自分が少し寂しくも思っていた。
 
 しかし、よくよく考えてみる。僕は誰かを判断する時、装飾品で相手を判断するだろうか。
 まったくしていないよなあって。
 
 素敵な人は人格で判断するし。もしくは美しいと思う姿はきちんと綺麗な恰好をしているかとか、きちんと運動をしていて締まった体をしているかとかそういう場所でしか判断はしていなかった。
 
 そう、まったく装飾品の観点で魅力など図っていなかった。
 そして、そういった外側だけで判断する人を嫌ってすらいたのだ。
 
 僕はなんとなく、羨んでいた。なんとなく、欲しがっていた。そしてなんとなく足りない足りないと嘆いていた。
 
 耳にも首回りにも、腕回りにも指にも、重たいものを付けてきらきらと自分本人にない強さを見せたって僕らは変わったりしないんだと思うようになった。
 
 そう納得できたとき、自分は別に大好きなものとして装飾品を付けていないのだし、ただ重いだけ、見てほしいだけだと。
 「装飾品は買わない、そういうスタイルで生きていこう」と思ったとき僕はまたひとつ軽くなった。
 
 ああ、気づかずにまた呪われていたんだと、また気づいた。
 
 
 しかし腕時計はひとつだけ持っている。大学の頃の先輩が、入社の際から使っていたものだと飲み会の際に外してくれたものだ
 捨てられないものだけど、捨てなくていいかと思えるもの。
 仕事柄時たま必要になるときだけ、その腕時計は僕の手で時間を教えてくれる。
 
 その腕時計はひっそりと収納棚の奥で時間を刻んでいる。
 
 また欲しいと思って、これだけは身に着けたいと思った時には買ってみてもいいかなくらいに思って過ごしている。