液体窒素と兎の唄

まだ生きてる

「ミニマリストが社会への寄生だ!」という考えは結構ひどいって思うんだ…。

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 こんにちはミニマリストのみりんです。

 このブログでは読んでくれた人の肩の重荷が少し軽くなるような情報を発信しています。
 

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「ミニマリストって都市やサービスに寄生してるだけじゃねえか!」

 

そんな意見をネットで見かけました。

 
 結構、シビアな物言いをされる方もいるんだなあと思いますが、そういった考えを読んで思ったことを書いてみようと思います。
 
 
「自分自身は最低限のものしか持たずに、都市のサービスに寄生して、楽に生きようとしていやがる」
言い方を変えれば
「都市のサービスを利用して、最低限で暮らす術を模索して、身軽な生き方を模索し、辿り着いた」
 
 どんな物事も両面のとらえ方があるなあなんて思っております。
 
 
 考えなくてはいけないのは、あくまでもいろいろなサービスを享受し、そしてそれのおかげで最小限を実現できているという「事実」はもちろんわかっていなくてはならないなぁなんて思っています。
 
 
 
そのあとに、こういった発言をツイッターでされている方も発見。

 

 “ミニマリスト的生活を、脱経済成長とか脱テクノロジで捉えている向きをたまに見かけるんだけど、それは真逆。高度に発達した物流とスマホで何でもできちゃう最新の情報通信テクノロジがあるから、ミニマリストが成立するんですよ。そこを勘違いしちゃいけない"

 
 
まったくその通り! 
 
 

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●ミニマリストが懐古的なのか、未来的なのか。
 
 まるで修行僧かのように懐古的というよりは、圧倒的に未来的だと思っています。
 一定の「現社会」からの脱出のような形で、ミニマリストを行われている方もいるとは思いますが。
 
 あくまでも、現代の社会からの多くの享受を得ていることだけは間違いないと思います。
 
 
★例えば以下のサービス、進化のおかげで最小化は加速したと思っています。
 
・Amazon→郵送の発達。買い物がいつでも家で出来る時代に。
・UberEats→上記と同意。「車」「自転車」などのものから解放されるのに拍車。
 ・Kindle(スマホ)→図書がすべてスマホの中に
・LINE(スマホ)→固定電話
・AmazonPrime,NetFlix→映画,DVD等の保持をしなくてよくなった
・Apple music,その他音楽配信サブスクリプト→CDを保持しなくてよくなった
・Youtube,AbemaTV→テレビを保持しなくてもよくなった
・クラウドサービス→データのオンラインか、HDを保持しなくてよくなった
・ソーシャルゲーム→ゲーム機なんていらない層が増えた
・その他様々なアプリ
計測アプリ→「巻き尺」 目覚ましアプリ→「時計」 万歩計アプリ→「万歩計」
 
 上げたらきりがないと思います。
  最近は一か月5000円程度でランチが食べ放題などの、自炊よりもコストパフォーマンスのよい「フードパスポート」なんてサービスもありますよね。ひえー!
 
 
 ありとあらゆる文明の波に乗っかって、助けられて、まっさらな何もなくてもない部屋が存在しています。
 なんなら日本の「安全安心快適」という世界だからこそなのかもしれません。
 きっとやろうと思えば、すべてのものを手放してOKなんじゃないかな?
 実際実行しているミニマリストさんもいます。
 

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 お腹が空いたら、外にたべにいけばいい(それだけいつだって開店している店舗があるからこそ)。→冷蔵庫と電子レンジを手放せる。
 洗濯がしたくなったら、近くのコインランドリーにいけばいい。→洗濯機を手放せる
 
 コストパフォーマンスも考えなくなったら上記みたいな事だって、あくまで都市という括りに助けられて全然可能な時代だという事なんだよなぁ。
 
 

ぼくなりの結論。

 
 現状の社会の上で成り立ちながら恩恵を享受しているのであれば、感謝の気持ちを忘れるべきではないとは思います。 
「すごい未来だなー!いろんな人が進化させてきてくれた化学の恩恵を受けて、いまこんなに身軽になれたんだ!」
 そのくらいの気持ちを持っているべきかなと。
  
 ただ、ミニマリズムというのはすべての人たちに開かれている方法論で。
 しかも叩かれる要因なんて僕らにはないはずなのです。
 だって。
 
「スマートフォンのサービス」
「Amazonのサービス」 
 
 そういったものにミニマリストである僕はしっかりと対価を払っています。
 
 そして自分での取捨選択の結果、こういった生活を手に入れているので、感謝してこそ卑屈になるべきではないんじゃないかなあと思います。
  
  とまあ、少し長めに考えてみました。
 おそらく、「ミニマリストめ!」といったような悪い印象が多少根付いているのは
極論的な考えの人間がミニマリストには多いから?だと思います(まあどんな主張のもとにもついてくる問題ではありますけど)
 
 うん!
 
 誰かと喧嘩することなく。
 現代に生まれてありがてーなー!なんて思いながら!
 ミニマリストの活動を続けていこうと思います。
  
 今日も読んでくださってありがとうございました。