ふれられないものばかりだ

スポンサーリンク

 自分で決めた曲締め切りまで、あと10日しかないが、いっこうに新曲が間奏から進まない。

ピアノソロにしてみたり、アコギオンリーにしてみたり、エレキギターでアルペジオを弾くがしっくりこず、何よりも気持ちが置いていかれる。作ろうとするたび何故か意欲が萎えていくのだ。
 創作をしていて、よくよくある現象だし、そんなことを言っているからいつまでもギターは下手くそで作曲も頭が抜けられないのだと解ってはいるだけれど。

 気持ちが追い付いてこなくなる時がある。強引に恐らくは曲を進める事が出来るのだが、その[強][引]の[強い]って部分の。力が湧いてこなくなる。このアレンジじゃ恰好わるくなる!とかそういうのではない。嵌らないってのは割と近い。テンションが上がらない。
 そこに何度も気持ちを貯めてぶつかる。そのたびに惨敗して帰還する。何の結果も残せませんでした。一小節も進みませんでした。

 それでも締め切りはやってくる。土日でハレー彗星の曲は完成させてしまって、もう1曲書きたい。なんなら先に1曲1コーラスで作ってしまってハレー彗星に戻るのもいいかもしれない。創作はなんなんやろうか。

-

「目標を掲げる」についていつも疑問に思う事がある。

 例えばチャンネル登録者数や再生数というものを掲げるのは音楽というジャンルではどうなのだろうとずっと頭の中で考え続けていた。

 いや、もちろん。もっと違う人に音楽が届いたらいいと思うし、聴いて欲しいと願っている。で、もそもそもの本当の目標とはなんなのか? 例えば自分の手の届く範囲の実行可能な努力の目標の例を掲げるなら、「深度の高い楽曲」を作る。「納得のいくドラムの音に仕上げる」。「自分で泣いてしまうような言葉を探す」。「多数が良いと思えるような出来を目指す」でもいい。ここを踏まえて自分なりに今年の目標は月に一曲ネットに公開する、という事を掲げている。

 そう、なんだか自分の手のひらの内側で完結する事を言葉にしたいと自分は思っている。
 でもこれはただの考えすぎだとも思う。そもそも例えば知らない誰かが掲げた目標が「登録者数一万人です!」というのは、そもそも僕が後者に上げた目標を内包しているのだろう。「良い曲を作る→届ける」という両方をきちんと行った上での目標なのだと思う。
 勝手に斜めに捉えるのは悪い癖である。数字だけを追いかけることってよくないじゃんみたいな。勝手な解釈で仮想敵など作るべきではない。

 良い曲を書きながらも、きちんと聴いてもらえるように努力を続ける事が当たり前で。そして、それを穿った目で見ていただけなのだと思う。

 ならば僕はずっと「良い曲をつくる」としか口にできなかったのは、「ファンをたくさん増やす!」と言えなかったのは、対外的な自分ではコントロールできない、ファンになってもらう、という事やCDを買ってもらう、曲を聴いてもらうという事にいつまでも怯えているからだと思う。そもそも自分すらコントロールが効かないのに。
 
 そして自信がないからだ。聞いてくれ!とお願いされても誰かの押しつけのCDや本を読みにくいのと一緒だ。

 とまあ、ここまで色々うだうだと考えた結果。Twitter等で歌詞にならなかった言葉の公開や綺麗な写真の公開。弾き語りをやってみたり、ラジオのような動画を作ってみたり。「もっと活動数を増やす」という新しい目標を掲げたい。どうしようかなあ。いや、結局そんな結論かよって話なんだけど。悩み悩んで考えて考えた結果である。
 そしてまだ悩み続けている。土日でもう一個見つけられたらいいな目標。

-

質問箱「万が一の時、絶対お墓の前で泣きます、、、」

 ありがとう!でも私はそこにいません!千の風になって誰かの家に入り込んで、住人の後ろでゲームを見たりアニメを見ています!ギャグにしたけど嬉しいって思ってるんだからねつんでれかあ!

今日はうだうだと聴く人が聴いたらうんざりするような愚痴のような、そんなのを聴いてくれてありがとうございました。また明日。