液体窒素と兎の唄

まだ生きてる

「ミニマリストになんてなれない」とモノも思い出も大切にする人が一番幸せだとは思ってんだよ

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 こんにちはミニマリストのみりんです。

 このブログでは読んでくれた人の肩に入っている力がすっと軽くなるような情報を発信しています。

 

 ミニマリストになれない人のほうが愛情は深いんじゃないかなー。

 

 モノも思い出も大切に出来ている人が一番、幸せでもあるんじゃないかなぁ。なんて先日一人でぼけっと考えていました。

 

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 たくさんの文字で利便性や。

 コスパとか。

 最小限で大切なものを決めましょう、とか。

 言い続けていますが、あくまで何処か愛情の薄さみたいなものを自分も自分で感じています。それだけ切り捨てられるって事なので。

 

 

 なので、僕自身のミニマリストの発信形式は「どっか真似できたり、ちょっと生活に取り入れられたら楽になれるところがあったら試してほしいなあ」くらいのスタンスで続けています。

 

・モノが大好きな人。

 機械を機材をいじるための工具をずらっと並べて

 部屋はごちゃごちゃとあっちこっちに回りの人が見たら塵としか思えないものだけれど、聴いてみればどれもこれも用途が存在するモノに囲まれて「モノを捨てるくらいなら埋もれて死んだほうがましだ!」なんて言いきれる。

 思い出だって捨てはしない、過去にまつわる写真も、例えばたくさんそれを記した日記も。その頃着ていた服も、アクセサリも。捨てられるわけがないと押入れの奥に眠らせている人。それは生きてきた証だし、死んだあとにそういうのは適当に俺と燃やしてくれと笑う人。

 

 

 と、こんな人がいたら超幸せそうじゃん!なんて思っていました。

 どんな事にせよ言い切れるってのは幸福に大事なのかもしれません。

 

 

 例えばこんなに愛が溢れている人に

「そのモノを閉まってるスペース、無駄じゃん捨てろや」なんて間違っても言っちゃいけないし。

(最近そういう光景が多いとTwitterで発信している人がいた。決めつけや、相手を下に見るとか。ミニマリストはピーキーな考えの人が多いのでそういう事が多いらしい)

 

 

 あくまでも、遠くのほうから

「こんな風に俺はモノと向き合ってまーす」

 くらいで、慎ましく、発信するくらいじゃないと、その人の大切なポリシーや信条を邪魔してしまう事もあるだろうから、伝え方は考えなくてはいけないと思う。

 

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 どっちがメリットが多いか。

 なんてものはその人本人にしかわからない。

 時間はその人が自由に使っていいものだし。

 まわりがとやかく言うことじゃない。

 

 

 僕は自分自身の愛情の希薄さになんとなく気づいているので、そういった「ものだいすき!」「すてるなんてありえねえぜ!」そういう考えをもっている人を逆にうらやましいなとも、思ってもいるという話でした。

 

 ちょっと繁雑な考えがまとまりきってない記事でした。

 こんな記事でも読んでくださってありがとうございました。